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高松高等裁判所 昭和31年(ナ)3号 判決

原告 渋谷定雄 外一名

被告 徳島県選挙管理委員会

主文

被告委員会が、昭和三十一年一月二十日施行の徳島県名東郡国府町議会議員選挙の当選の効力に関する原告渋谷の訴願につき同年五月二十四日なした訴願棄却の裁決を取消す。

右選挙における岡田喜久雄の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等は主文同旨の判決を求め、請求原因として、原告木川は主文掲記選挙の北井上選挙区の立候補者、同渋谷は同区の選挙人であるが、同選挙会で訴外岡田喜久雄は得票数二百七十票で最下位の当選者原告木川は得票数二百六十九票で次点者となり、同月二十一日当選の告示があつた。ところが、岡田の右得票中には同人のため有効票と認め難い「オカダヨチノ」「ニベキクヲ〔手書き文字〕」なる二票が含まれているのでこれを差引くと岡田の得票数は二百六十八票となる。これに反し無効票の中に「小川〔手書き文字〕」なる一票があり候補者中に「小川」なる者がないので右票は候補者木川の「木」の横線の一画を脱落したものとして同人に対する有効投票と認むべきでありこれを加算すると木川の得票は岡田の得票より二票多い二百七十票となる。従つて岡田の当選は無効で原告木川を当選者とすべきである。そこで原告渋谷は同月二十三日右理由により国府町選挙管理委員会に対し岡田の当選の効力につき異議の申立をした。これに対し同委員会は同年二月二日「オカダヨチノ」なる投票は原告主張の通り無効としたが「ニベキクヲ〔手書き文字〕」なる投票はやはり岡田の有効投票「小川〔手書き文字〕」なる投票は無効投票と認定し別に選挙会で木川の有効投票と認めていた「木川久雄」なる一票を無効とした上、岡田の得票は依然として木川の得票より一票多くなるから当選の結果に異動を及ぼさないとして異議申立棄却の決定をなし原告渋谷は同月二四日同決定書の交付を受けた。よつて原告渋谷は同月二十八日被告委員会に訴願を提起し右異議申立と同趣旨に併わせて右「木川久雄」の投票は木川に対する有効票なることを主張したところ、同委員会は同年五月二十四日「オカダヨチノ」「ニベキクヲ〔手書き文字〕」「小川〔手書き文字〕」なる票につき原決定と同様の判断をなし、「木川久雄」なる票を木川の有効票と認めたが、この票を含む木川の有効票の総数は二百六十八票で選挙長作成にかかる選挙録記載の有効票二百六十九票は一票違算があり、岡田と木川の得票数は依然原決定通りとなるから国府町選挙管理委員会の異議棄却の決定は相当であるとして訴願棄却の裁決をなし原告渋谷は同日右裁決書の交付を受けた。

しかし、(一)開票当時木川の有効票は「小川〔手書き文字〕」なる一票を除き二百六十九票あつたことは間違なく、この点選挙録に木川の有効票を二百六十九票と記載している事実により明白である。後日選挙録記載の票と実在票との間に齟齬を生じたときは選挙録の記載に信をおかねばならない。従つて右木川の有効票数に対する被告委員会の認定は算定を誤つた失当なものである。(二)冒頭に掲示した理由により「小川〔手書き文字〕」なる票は木川に対する有効票、「ニベキクヲ〔手書き文字〕」なる票は無効票と認定すべきものである。

そうすると、木川の有効票は二百七十票、岡田の有効票は二百六十八票となり、木川の得票が岡田の得票を上回るので岡田の当選は無効で木川を当選者としなければならないこと明らかであるから被告委員会の裁決は失当である。

被告の主張事実中本件選挙当時昭和三十一年一月三十日まで任期を有する前井上村村会議員小川義治なる者が実在していたこと、岡田喜久雄が北井上地区方面で「イ」なる一字で「ニンベン」と呼称する屋号名で周知されていたこと、本件選挙の候補者中に「ニンベン」なる氏名或は屋号を有する者は他に存しないことはいずれも認める、と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め答弁として原告等主張事実中原告木川が原告等主張選挙の北井上選挙区の立候補者、同渋谷が同区の選挙人であつたこと、岡田喜久雄が当選者と決定されたこと、原告木川が当選しなかつたこと、当選告示が昭和三十一年一月二十一日なされ原告渋谷が同月二十三日岡田の当選の効力につき国府町選挙管理委員会に対し異議申立をなしたこと、同年二月二十一日右異議に対する棄却決定がなされ同月二十四日該決定書が原告渋谷に交付されたこと、同人が同月二十八日被告委員会に訴願を提起したこと、被告委員会は同年五月二十四日原告主張のような理由で訴願を棄却する旨の裁決をなし同日その裁決書を原告渋谷に交付したこと、選挙録に木川の得票は「小川〔手書き文字〕」なる票を除き二百六十九票と記載されていることはいずれも認める。選挙録中木川の得票数に関する右記載は同人に対する得票集計の誤算によるもので事実に合致していない。「小川〔手書き文字〕」なる投票はその当時北井上地区に居住同月三十一日まで任期を有する前井上村々会議員小川義治に投票したものと推定される、仮りに然らずとするも「小川〔手書き文字〕」なる票はその字体、筆勢等よりみて木川の「木」の横線の一画を脱落して「小川〔手書き文字〕」と誤記したものとは考えられないから無効なものと言わなければならない。「ニベキクヲ〔手書き文字〕」なる投票は候補者岡田喜久雄が「イ」の一字で「ニンベン」と呼称する屋号をもつて一般に周知され他面候補者中には岡田の外に「ニンベン」なる氏名或は屋号を有する者がないので右通称化された岡田の屋号「ニンベン」の「ン」の字を落したものとして同人の有効票と認むべきである。よつて被告委員会の裁決は相当で原告等の本訴請求は理由がないと述べた。(立証省略)

理由

原告木川が、昭和三十一年一月二十日施行の徳島県名東郡国府町議会議員選挙の北井上選挙区における立候補者、原告渋谷が同区の選挙人であつたこと、選挙会で訴外岡田喜久雄は当選者と決定されたが、原告木川は当選しなかつたこと、当選告示が同月二十一日なされ原告渋谷が同月二十三日岡田の当選の効力につき国府町選挙管理委員会(以下町選管委員会と称する)に対し異議の申立をしたところ同委員会は同年二月二十一日異議申立の棄却決定をなし原告渋谷は同月二十四日右決定書を受領したこと、同人が右決定に対し同月二十八日被告委員会に訴願を提起したところ同委員会は同年五月二十四日原告主張のような理由で訴願を棄却する旨の裁決をなし原告渋谷は同日これが裁決書の交付を受けたことは、いずれも当事者間に争がなく、訴外岡田は選挙会で得票数二百七十票で最下位当選者とされたこと、その時原告木川は得票数二百六十九票で次点者となつたこと、原告渋谷の異議申立理由、町選管委員会の異議棄却理由、及び原告渋谷の訴願理由が何れも原告主張の通りであることは被告が明らかに争わず又本件弁論の全趣旨によるも争つたものと認め難いので同人の自白したものとみなす。

よつて先ず後記認定にかかる「小川〔手書き文字〕」なる票を除く原告木川の得票数について考えるに、前示認定にかかる選挙会において同人の得票数は「小川〔手書き文字〕」なる票を除き二百六十九票と計算して同人を次点としたこと、選挙録にも右得票数が記載されていること、町選管委員会は異議の決定に当り木川の得票を「小川〔手書き文字〕」なる票と木川の有効票中より新に無効票と認定した「木川久雄」なる票を除き二百六十八票と認定していること、以上の各事実と証人梶原勝美の証言を綜合すると、「小川〔手書き文字〕」なる票を除き「木川久雄」なる票を加えた木川の開票時における得票は原告主張の通り二百六十九票であると認めるのが相当であるように一応考えられるが、成立に争のない甲第一号証、同第三、四号証の各記載と証人近藤吉太郎同真貝弥邦の証言によると、開票管理者は開票に当り有効票は各候補者毎に五十枚宛一束とし端数の票は別にして計算し、これの総数と無効票を合したものが投票総数に合致したこと、その際木川の得票は右「小川〔手書き文字〕」の票を除き二百六十九票と計算せられたこと、これがそのまま選挙録に記載せられたこと、町選管委員会は異議に対する決定を行うに当り疑義票の判定には苦慮したが得票数については選挙録の記載に間違いないものとこれを軽信し実在投票について計算をすることなくその記載の票数を基準にしたこと、被告委員会は訴願に対する裁決を行うに当り全投票について調査したところ、「小川〔手書き文字〕」の票を除き「木川久雄」の票を加えた木川の有効票は選挙録記載の票数より一票少い二百六十八票で、候補者伊川倉一の得票束の中より候補者榎本邦之進の有効票が一票発見されたが伊川の票は右一票を除いても選挙録に記載の票数と同一で、榎本の票は右一票を加え選挙録に記載の票より一票増加したこと、しかし右の通り木川の票が一票減少し榎本の票が一票増したため結局全候補者の得票数には異動がなかつたこと、選挙会は不在者投票の不受理票六票を無効票となしこれに本来の無効票を加え無効票を二十九票と計算していたが被告委員会において右事実が明らかになり無効票の総数も選挙会におけるものと被告委員会における計算と合致したこと、開票時より被告委員会の右投票の計算時までに投票の差替、増減、改ざん等投票の同一性を損うものと考えられる何等の所為もなかつたこと、以上の事実を認めることができる。これによると木川の右得票につき開票管理者及び選挙会のなした計算は集計の誤算による事実に副わないものと認定せざるを得ない。原告等は選挙録に記載の得票と実存票とに齟齬があるときは選挙録の記載に信をおかねばならないと主張するが、選挙録は選挙会に関する次第を記載する記録で一種の証明文書にほかならないから、その記載が事実に反するときは他の証拠によつてこれと異なる事実を認定することは何等妨げないので被告等の本主張は採用することができない。右の次第であるから前示選挙会の決定、選挙録の記載、町選管委員会の決定をもつて原告等主張事実を認定する資料となし難く、証人梶原勝美の証言も措信することができない。その他原告等の立証によるも右認定を覆し同人等主張事実を認むることはできないので「小川〔手書き文字〕」なる票を除く木川の得票は二百六十八票と認めるのが相当である。

次に「小川〔手書き文字〕」なる票について考えるに、検甲第一号証によると右票の記載は「木川」とはなつてなく、同選挙区内に昭和三十一年一月三十一日まで任期を有する前井上村々会議員「小川義治」なる者が居住していることは当事者間に争のないところであるが、同人は候補者でないので単に「小川〔手書き文字〕」と「木川」の頭字が形を異にし且「小川義治」なる者が本選挙区内に居住し右日時まで任期を有する前井上村々会議員であるとの事実だけでは直ちに右投票が同人の氏を記載したものと即断することはできないし、他に特に同人の氏を記載したものと考えられる事情もこれを認め得る証拠がない。なお投票は特段の事情なき限り候補者の何人かに投票されたものとすべきであるから、このような記載文字の態様から投票者において候補者以外の者の氏を記載しこれにより右投票を無効に帰せしめる意図の下に前示「小川〔手書き文字〕」なる記載をなしたものと推断することはできない。ところで成立に争のない甲第八号証によると、本件候補者中、氏名の中に「小」のつく者はなく「川」のつく者は木川の他に「伊川」「佐川」の二名があるが両名の氏の頭字「伊」或は「佐」は「小」に類似せず木川の「木」が横線一画を除くと右「小」に類似性のあることが窺われる、一般に投票所の雰囲気に馴れない選挙人の中には緊張し過ぎて往々誤字或は字画の脱落、誤記等をすることがあり日頃文字を書き馴れない者は尚更この弊に陥り易いものであるが本件においても右「小川〔手書き文字〕」なる票はその筆勢、態様からみて日頃文字を書き馴れない者が緊張して書いた跡が十分看取できる。

このような事情の下においては右投票の「小川〔手書き文字〕」なる記載は候補者木川を指示する意思でなされたものであつてその氏名を記載するにあたり頭字の「木」の横線一画を落して「ニベキクヲ〔手書き文字〕」と誤記したにすぎないものと認めるのが相当である。従つて右投票は木川の有効投票と解すべきである。

続いて「ニベキクヲ〔手書き文字〕」なる投票について考えるに、候補者岡田喜久雄が「イ」の一字で「ニンベン」と呼称する屋号で本選挙区内において周知せられており、他に「ニンベン」なる氏名或は屋号を有する候補者がないことは当事者間に争いなく、甲第八号証によると他に「ニベ」或は「キクヲ」なる氏名を有する候補者のないことが認められ検甲第二号証によると右票は「ニベキクヲ〔手書き文字〕」と記載されその筆勢態様からみて日頃書き馴れぬ者が緊張裡に書いたものと認められる。このような事情の下においては右投票の「ニベキクヲ〔手書き文字〕」なる記載は候補者岡田喜久雄を指示する意思でなされたものでその屋号「ニンベン」と姓名「キクヲ」を記載するにあたり緊張の余り「ン」を脱字して「ニベキクヲ〔手書き文字〕」と誤記したものと認めるのが相当である。従つて右投票は岡田の有効投票と解すべきである。

以上認定による木川及び岡田の有効投票はともに二百六十九票の同数となり甲第一号証によると落選者中右票を超ゆる者或はこれと同数の者がないから、選挙会は法定の方法により右両名のうちから最下位の当選者一名を定むべきであり、従つて岡田を最下位の当選者原告を次点者とした選挙会の決定は無効というべく、これを維持して原告渋谷の訴願を棄却した被告委員会の裁決は違法たるを免れない。

よつて原告等の本訴請求はこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 三野盛一 加藤謙二 小川豪)

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